Cut and Project
方眼紙の格子点に、原点から無理数の傾きで直線を引きます。その直線に沿って細い帯をかけ、帯の中に入った格子点だけを直線へ落とすと、二度と同じ並びを繰り返さないのに規則正しい、準周期的な点列が現れます。準結晶やペンローズタイルを作るのと同じ手続きの、いちばん簡単な場合です。
切って落とす
傾き の直線 を引き、格子点 について直線に平行な向きと垂直な向きの座標を測ります。
は直線からの符号つき距離、 は落とした先の位置です。 が帯の幅の半分より小さい格子点だけを残し(切る)、 の順に並べる(落とす)。この 2 段構えが cut and project という名前の由来です。
格子と帯
直線の上に置かれた太い線が、落ちてきた点が切り分けた区間です。長いほう(青)を L、短いほう(橙)を S と呼びます。帯の中の格子点は右へ 1 マスか上へ 1 マスずつ進む階段になっていて、右へ進めば L、上へ進めば S が 1 つ増えます。
LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLS
間隔が 2 種類だけになる幅
帯の幅を単位正方形の影の長さに合わせると、格子の 1 マスにつき必ず 1 点が通ります。この幅を基準幅と呼びます。
このとき隣り合う点の間隔は と の 2 種類しかなく、その比は です。幅を広げると帯に 2 点同時に入る列ができて 3 種類目の間隔(緑)が生まれ、狭めると点が抜け落ちて間隔が伸びます。上のスライダーで確かめられます。
| 基準幅 W | 1.376382 | いまの幅 | 1.376382(100%) |
|---|---|---|---|
| 間隔の種類 | 2 | その長さ | 0.5257 / 0.8507 |
| L の本数 | 4000 | S の本数 | 2472 |
| L / S | 1.618123 | 1.618034 |
集計は x ≤ 4000 の範囲(6473 点)です。基準幅なら L と S の本数比は に近づきます。黄金比の場合はこれが φ 自身になり、長さの比も本数の比も同じ φ になります。
帯の中は無理数回転
なぜ点列が繰り返さないのかは、直線からの距離 を追うと分かります。1 歩進むごとに は必ず同じ量だけ下がり、帯の下端を割ると上端へ回り込みます。
つまり帯の断面は円周で、点列はその上の回転です。回転数 = 0.381966 は が無理数なら無理数なので、同じ位置に二度と戻れません。これが「周期がない」ことの正体で、一様分布列 や リサージュ曲線が閉じないこと と同じ現象です。
横軸が何番目の点か、縦軸が直線からの距離です。細い線でつないだ下りはどれも同じ傾きで、これが毎回同じだけずれることを表します。下端を割った回(線が切れている場所)が上端への回り込みです。窓は 2 つに分かれていて、下側(橙、長さ 0.5257)に落ちた点は次に上へ進んで S を、上側(青、長さ 0.8507)に落ちた点は右へ進んで L を作ります。基準幅ならこの 2 つの長さの比が、そのまま S と L の出現比になります。
長く並べる
LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLS…
- 調べた文字数: 6472
- 周期: この範囲では見つからない
- 同じ並びが繰り返されないのに、L が 2 つ以上連続する場所と S が離れて現れる場所の形は数種類しかありません。どこを切り取っても似た顔をしている、というのが準周期の意味です。
有理数の傾きなら周期的になる
傾きが なら、直線は格子点 をぴったり通ります。そこで図全体を だけ平行移動すると、格子も直線も帯もそっくり自分に重なります。だから点列は 文字ごとに同じ並びを繰り返します。
無理数の傾きでは、直線が通る格子点は原点だけです。重ね合わせられる平行移動が存在しないので、点列はどこまで行っても同じ並びに戻りません。傾きを 8/13 にすると、φ の連分数近似だけあって 1/φ とよく似た並びが出ますが、21 文字でぱたりと繰り返しに入ります。
| 傾き | L / S の比 | 周期 | 点列 |
|---|---|---|---|
| 1/φ = (√5 − 1)/2 … 0.6180 | 1.6173 | なし | LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSL… |
| √2 − 1 … 0.4142 | 2.4096 | なし | LSLLLSLLSLLSLLLSLLSLLLSL… |
| √3 − 1 … 0.7321 | 1.3636 | なし | LSLSLSLLSLSLLSLSLSLLSLSL… |
| π − 3 … 0.1416 | 7.0588 | 129 | LLLLSLLLLLLLSLLLLLLLSLLL… |
| 1/2 | 2.0000 | 3 | LSLLSLLSLLSLLSLLSLLSLLSL… |
| 3/5 | 1.6667 | 8 | LSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSL… |
| 8/13 … 0.6154 | 1.6216 | 21 | LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSL… |
π − 3 は に非常に近いため、この表の範囲では周期があるように見えます。実際には 113 マスよりずっと先でずれが現れます。無理数かどうかは、有限個の点を見ても分からないということです。
フィボナッチ語との関係
傾きを にすると、出てくるのは置き換え規則
で伸びるフィボナッチ語です。 LSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLS… のように伸びていき、n 回置き換えた語の長さはフィボナッチ数になります。
帯を上下にずらすと、出てくる点列そのものは別の並びに変わります。ところがそこに現れる有限の並び(部分語)の顔ぶれは変わりません。いまの設定で先頭 40 文字がフィボナッチ語の中に現れるかを調べると 16 文字目に見つかる。局所的には見分けがつかないのに全体としては別物、という性質は、準結晶の回折像が鋭い点になる理由でもあります。
性質
- 点の密度は帯の幅そのもので、単位長さあたり 1.3764 個です。 = 1.1756 が直線の傾きぶんの引き伸ばしを表します。
- L の割合は 、S の割合は です。どちらも無理数なので、有限の周期では実現できません。
- 同じ作り方を 5 次元の格子と 2 次元の平面で行うと、5 回対称のペンローズタイルが出てきます。1984 年に発見された準結晶は、この構造が実在することを示しました。
- 帯の幅を基準幅からずらすと点列は準周期でなくなります。「切る幅」が構造を決めるという点が、この作り方のいちばんの勘所です。